「おもしろかった」で終わらない感想が語れるようになる。
帯の文句でぐっと心をつかまれた。この本も前に読んだ「本の読み方」に引き続き、僕の、自分自身の今の本の読み方を見つめ直すきっかけとなる本となった。一冊の本を読み終えた後に「おもしろかった」以外の感想が語れるようになりたいと思った。
この本の中で著者の平野啓一郎さんが述べていたのは、本の感想を語る際の着眼点である。平野さんは動物行動学者のニコ・ティンバーゲンが提唱した「四つの質問」(①メカニズム②発達③機能④進化:生物の行動や特徴を分析し、理解するための枠組み)は読んだ本の感想を書く時にとても有効な着眼点であり、そして、この着眼点は映画や他の芸術作品を鑑賞する際にも有効であると述べていた。
僕もこれから読んだ本の感想を語る際には、この4つの視点からアプローチして「おもしろかった」以外の感想を語れるようになりたい。
●作品データ
・タイトル:「小説の読み方」
・著者:平野啓一郎
・発行年:2022年
・発行所:PHP研究所
●抜書き
色々と考えた結果、インターネットで本の感想を書くことが一般化しつつあった当時、その際の着眼点と、その具体例という構成であれば、まとまった意見を書くことができそうだと思い至り、本書の執筆を応諾した。
冒頭で、私は、動物行動学者のティンバーゲンによる「四つの質問」をしている。この分野の専門家が読めば、こじつけのような話にも見えようが、私は今でも、小説を読み、書評の類を書かねばならない時には、概ねこの四点を気に懸けており、また、芥川賞のような文学賞の選考の場でも、これらを踏まえた評価に努めている。
これは、文学に限らず、映画にも美術にも通用する問いであり、何かを鑑賞したあと、人とそれについて話をしたり、自分で感想を書いたりする際には有効な着眼点となるだろう。
私たちは、仕方なく、どんな情報とも、どんな言葉とも、忙しなく、広く浅いつきあいをするようになって、ふと我に返ると、自分は果たして、本当に、以前よりも、世間や人間に対する理解が深くなっているのだろうかと、不安を感じるようになっている。
そういう時代に、小説は、まさしく「小さく説く」のである。
この広大無辺で、複雑極まりない世の中を、そして、そこに生きる人間の心の奥底を、誰の手のひらにでも収まるほどのコンパクトなサイズに圧縮して、濃密な時間とともに体験させてくれる。それが小説だ。
鳥の鳴き声に見られる文法構造から、人間の言語の起源を探るというユニークな研究をしている岡ノ谷一夫さんは、著書『小鳥の歌からヒトの言葉へ』(岩波新書)の中で、ノーベル医学生理学賞を受賞したニコラス・ティンバーゲンが、動物行動学の基本として挙げた「四つの質問」なるものを紹介している。
その四つとは、動物の行動の、
①メカニズム
②発達
③機能
④進化
に関するものだ。
①の「メカニズム」では、たとえば、「小鳥が鳴いている」時に、その小鳥の脳神経系や内分泌系などが、どんな仕組みで働いて、その「鳴く」という行動が可能になっているのかを考えることがテーマとなる。
②の「発達」では、卵からかえった鳥が、雛から成鳥になる過程で、どうやって歌を歌うことを学習し、どんな形でそれが表れてくるのかが研究されることになる。
この①と②とは、どちらも「歌を歌う」という行動が直接引き起こされる要因(「至近要因」と呼ばれる)を考える学問であり、ジャンルとして近いものだ。
それに対して、③の「機能」では、「歌を歌う」という行動が、その鳥にとってどういう意味を持っているか、④の「進化」は、その鳥が、そんなふうな「歌を歌う」ようになったのは、どういった淘汰の過程を経たからなのかを考えることとなる。
この③と④とで研究するのは、なぜ、その鳥は「歌を歌う」のかという「究極要因」だ。
小説はもちろん、読んで、何かを感じ取ることが一番だ。しかし、笑いまくった、悲しかった、という感想以上のことを誰かと語り合うためには、考える手立てを知っておくことが重要だ。
小説の「メカニズム」について考えるというのは、多分、一番マニアックな読み方だろう。書き手寄りの読み方、と言ってもいいかもしれない。小説とは、舞台設定、登場人物の人数、配置と出入り、プロットの展開、文体、……などが複雑に絡み合って出来上がったものである。
作者は、それらの要素を様々に駆使しながら、読者にあるひとつの世界を提供しようとする。どうしてこの小説は、こんなに面白いんだろう?どうしてこの小説は、こんなにわけが分かんないのだろう?ヒトや動物の行動を、体の中の機能を分析することによって、なるほどと理解できるように、小説も、動かしている仕組みについて考え、理解することで、これまでとはまったく違ったふうに見えてくることだろう。
庭を駆け回る犬を見て、愛らしいと感じる。しかし、ロボット犬と違って、どうして生きている犬はあんな精密な動きができるのかを知ると、これまでとはまた違った感動を覚える。「メカニズム」を知る面白さというのは、そういうことだ。
「発達」というのは、その作家の人生の中で、どういうタイミングでその作品が出てきたのかということを考えてみることである。初期のものか、晩年に書かれたものかによって、同じテーマを扱っていても、掘り下げ方や切り口は当然のことながら違ってくる。
「進化」というのは、社会の歴史、文学の歴史の中で、その小説がどんな位置づけにあるかを考えてみることだ。どの小説も社会の影響を受け、その時代の雰囲気に影響され、更には先行作品、同時代の他の作家の作品に影響されながら書かれている。
漱石や鴎外の小説があって、芥川の小説が誕生した。「発達」が作家個人の歴史だとすれば、「進化」は、そうした文学史的な視点によるアプローチだ。
「機能」というのは、ある小説が、作者と読者との間で持つ意味である。
小説の選択の際の導きとは違い、読中、読後に「機能」について考えることは、基本的には、自分なりの受け止め方次第である。「この小説は、読者に対してどんな意味を持っているのだろう?」「自分は、この小説と出会ったことで、どう変わっただろう?」「作者は、この小説でどんな考えを深めたのだろう?」——そうした、小説のふるまいを考えてみるのが、「機能」の問題だ。
小説を読み、ブログや課題などで感想を書く時に、この「四つの質問」すべてを網羅する必要はもちろんない。しかし、これらを知っておくと、取っかかりはずいぶんとスムーズになるし、他の人の感想を読んだ時に、どういう点に着目して議論しているのかがよく分かるようになるだろう。
そもそもの話、どうして人は、小説を手に取るのだろうか?もちろん、それがどんな話か知りたいからだ。この「知りたい」という欲求ことが、ページを捲らせる言動力であり、先を知りたいとはやる気持ちの根底には、最後まで辿り着いて、全体を知りたいという欲求がある。
リーダブルで(読みやすくて)かつ、人物造形に深みがある小説というのは、プロット前進型述語の文章と主語充填型述語の文章との配置のバランスが良く、全体としては、両者が兼ね備えられた文章が基調をなしているというような作品だ。
小説というのは、どんなにその世界の中で完結しているように見えても、必ず背後に、膨大な情報や知識の広がりを持っている。それは、過去の文学作品であったり、過去の文学作品が生まれた土壌であったり、もちろん、現代の日本であったり、作者の個人的な経験であったり。
映画でも小説でもそうだが、エンターテインメントと分類される作品に特徴的な二つの要素は、「謎解き」と「逃亡」である。
書いて書いて書き続けた挙げ句に、取れるものがみんな取れてしまって、ただ文章だけが残った文章というのが、小説家の理想ではないだろうか。
ヴィトンのバッグを持っている人や、胸に「一番」と書かれたTシャツを着ている人が、どういう人なのか、私たちは、いちいち説明されなくても、なんとなく想像がつく。普段は意識していなくても、私たちは、社会の中に無数にちりばめられている、そうした<記号>を認識しながら、効率的に<意味>の処理を行っているのだ。
つまり、『罪と罰』は、分人主義的に人間が更生していく過程を描いた小説としても読めるのである。
ドストエフスキーの小説が、後世に多大な影響を及ぼす素晴らしい小説と評価されている理由は、どの作品にも、「アポリア」が含まれている点だろう。アポリアとは、哲学的には、一つの問いに対する答えとして相反する二つの見解が成立する場合を意味するが、一般的にどうしても解決できない難問のことだ。
小説を読む時、タイトルの意味はもちろん、重要だ。
タイトルは、作品の内向き、外向きの両方で機能しなければならない。既読の人向け、未読の人向けとも言える。読む人にとってだけ意味があればいいじゃないか、と思われるかもしれないが、どんな本でも、人類全体で見れば、未読の人の方が圧倒的に多く、しかもそのうちの何パーセントかは、タイトルと評判に惹かれて、やがて既読の人となるのである。




